注文住宅の情報満載!
注文住宅の良さはまだまだ世間的に広く知られておりません。一部の人だけが得する情報を得ているのが現状なのです。
遊園地ならばともかく、ここは閑静な住宅地なのだ。私は立ち止まったまましばし考えた。
「Hさん、やっぱりやめます」「なぜですか?」先ほどまでとは打って変わった私の態度に、まったく解せないという表情だ。「そこまでいったら、家なんか見つからないといわれるかもしれませんけれど、私、毎日、い・ち・ご・荘を見て暮らす勇気はないです」Hさんも茫然とアパートを見上げるばかり。
私たちはがっくりと肩を落として帰った。環境の中には「隣の家の美的センス」も入るのだと思い知った出来事だった。
隣人というのも重大なのだと知った。小田急線沿線の家を見にいったときのことだ。
三十坪を切るほどの土地だが、三階建ての家で希望の間取りとスペースが取れるという家だった。駅から近くて、にぎやかな商店街を抜けたすぐ先にある。
そのわりに静かだったし、鉄筋コンクリートの家は耐震性が売り物だ。価格も予算よりだいぶ低め。
ちょっとわくわくして、家の中をじっくりと眺めた。築三年の家だが、前の家主は事情があってほとんど暮らしたことがないとのこと。
道理で新築に近くきれいだ。すぐに越してこられそう。
これならコスト的にも妥当で、むしろお得だと計算した。ところが三階の窓を開けて眺めていたHさんが、「Kさん、ちょっといらしてください」としかめ面をして呼ぶ。
隣に並んで外を見ると、ほんの五メートルほど先のところに隣の家の物干し台が見下ろせる。そこにおばあさんが一人立って、険しい顔でこちらをにらんでいるのだ。
恐ろしい形相で、憎々しげに見ている。ぎょっとしてすぐ中に引っ込んだ。
Hさんがささやいた。「なんか、怒ってるみたいなんですよ。
どうしたんでしょうか」「こんなに接近して建てられて許せんっていう顔ですね、あれは」「でも、もう築三年ですよ。建築時のトラブルが、三年も尾をひくんでしょうか?」「調べていただいたほうがいいわね。
どちらにしても、あのおばあさんがずーっとにらんでいるんじゃたたられそうじゃない?前の人もそれがいやで越したのかもしれませんよ」。Hさんの調査によれば、案の定、三階建てを建てるということで周辺住民、とくに裏の家に住んでいるおばあさんから厳しく苦情が申し立てられたとのこと。
「かなりご立腹のご様子でした。ここは第一種住専ではないし、容積率が兜なので建築法に違反はしていないのですが、やめたほうがいいですよね。
最初からトラブルがある家を買うのは危険ですよ」隣同士が接近して建てざるを得ない東京では、周辺住民とうまく了解を取っていかねばならないのだと知った出来事である。家がよければ周辺が問題で、その周辺環境の中には隣に建っている建物の美的センスから隣人の性格まで入る。
考慮しなくてはならないことが多すぎて、ため息が出た。やっと見つけた納得のいく家本腰を入れて家探しを始めてから八ヵ月近くたち、なかなかこれという家が見つからなくてしだいに疲れてきた。
東京でいい物件を手に入れようと思ったら、物件を見てまわるエネルギーと即断即決できるような緊張感を長く保ちつづけなくてはいけない。ちょっと休もうかなと思っていた矢先、HさんからFAXで送られてきた物件情報の中に一枚、ピンとくる物件があった。
井の頭線沿線の駅から歩いて五〜六分。土地が五十坪。
築九年のRC造り三階建て。私が好きそうな、無機的で箱のような部屋が集まった家ではないか、と間取りを見ながら思った。
まだ人が住んでいるとあるから、それほど大きく手を入れずに住めるはずだ。問題は価格で、予算をだいぶオーバーする。
でもHさんに気に入った旨を伝えて、すぐに家を見せてもらえるよう手配してもらった。その週末なら大丈夫とのことで、三日後の土曜日に夫と一緒に行くことを決めた。
だが、FAXをもう一度じっくりと眺めて、それまでにない興奮を感じた私は翌日、外からだけでも眺めてこようと思って見にいった。地図を見て見当をつけて、歩いてみる。
駅前の小さな商店街を抜けるとすぐに住宅地に入り、幸いなことに途中に「い・ち・ご・荘」は見あたらない。かなり大きな家が並んでいる中に、その家はあった。
感じのいい家である。暮らしやすそうだ。
公道に面していて、周囲の家々の玄関先がきれいに清掃されているところも気に入った。下の娘が通うことになる小学校にも近い。
これまで見た中では、家も周辺もピカ一である。すぐにHさんに電話して、とても気に入ったと告げた。
「え?もう見にいらしたんですか?」驚いている。「そんなに気に入られたのだったら、売りに出された理由や周辺のことなど、できるだけ調べておきますね」そしてその翌日にもまた私は見にいった。
こんどは夕方の景色を見ておかなくちゃ。暗くなりはじめたところで、また家を見上げた。
うん、やっぱりいい。この家ならまちがいがない。
安心して住めるだろう。きっと“故郷”になってくれる。
自分や夫がそこで暮らしている姿が想像できた。ここになら気恥ずかしくなく住める。
周囲にも違和感がなく溶け込める気がする。もちろんちゃんと調べて、どうしても許せない材料が出てきたら泣く泣くあきらめなくてはならないが、多少のことならばがまんしよう。
実をいうと、まだ中を見ていない時点で、私はその家に何がなんでも住もうと決意していたのだ。そして翌日が約束の土曜日で、私は三日続けてその家を訪れたことになる。
前の二日間は晴れていたが、その日は雨が降りそうな曇り空だった。家主はとても無愛想で(その理由はあとでわかる)、「勝手にどこでも見て」といったきり、引っ込んでしまった。
家は散らかっていて、天気のせいか薄暗くひえびえとしていた。家の中で犬と猫を飼っているとかで、壁にはひっかき傷がついている。
タバコを吸う人らしく天井がすすけている。ものが多くて整理がされていないためか、外から見ていたよりもずっと狭苦しく感じた。
でも、私は気に入った。一番気に入ったのが、一階が実際に事務所として使用されていたことである。
電話回線や電気の配線が事務所仕様になっている。部屋のつくりも事務所だ。
二階と三階が居住スペースになっていて、たしかに散らかってはいるが、少し手を入れたら、きっと見違えるようにきれいで気持ちのいい家になるにちがいない。だてに五十七軒も見つづけたわけではなく、私はどんなに散らかっていても(家を売ろうという人は、たいてい事情があって家の手入れがおろそかになっているから汚いことが多い)、暮らしやすい家かそうでないかは見抜けるようになっていた。
壁や天井の構造がしっかりしていて、水まわりが工夫されている家ならば、手入れ次第でいくらでも家はきれいになる。売り主はバブルのときに土地を買って注文建築で家を建てたものの、高額のローンが払いきれなくなって売りに出したそうだ。
買い値は売り値の四倍だったとか。バブルというのは、それほど不動産価格を狂わせたのだ。
それやこれやで家庭がゴタゴタしたことも、手放す原因だったという。不機嫌だった理由がやっとわかった。
それはともかく、私たちはすぐにこちらの希望価格を伝えて交渉に入ってもらった。一応最初に名乗りを上げたので、一番の交渉権をもらってお互いに価格をすりあわせた。
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